シュンベツ川 札内川 新冠川 ソエマツ沢 日高紀行文 1998年ハイライト ヒグマの生態と対策 北海道MENU |
3日目の朝も雨。沢も釣るポイントがなくなるほど増水している。こうなれば釣りは諦め、林道終点までドライブしながら日高の沢巡りをすることにあいなった。豪雨の度毎に通行止めを繰り返す黄金道路を過ぎ、楽古岳の東側を流れる楽古川をめざす。国道336号線新生から川沿いに走り、中楽古から南に下ると楽古川の橋に出る。川原は広く、流れは緩い。流れを見て思い浮かぶ魚は、ヤマメと大アメマスだ。残念ながら、増水で渡渉できる流れではなかった。札楽古川の橋を越えると右手に「楽古岳登山入り口」の小さな標識、そこから山に向かって進む。途中、痩せたキタキツネやエゾシカの親子をウォッチングしながら走る。林道は思ったより奥まであったが、枝沢の増水で林道は決壊、そこで車はストップ。車から降りて、しばし歩きながら沢を眺める。 沢は濁流とまではいかないものの、増水で竿を出すポイントはなかった。林床は、深い笹に覆われ、その中を階段状の壺が連続、アメマス系イワナの匂いが強い。楽古川は、直接太平洋へ注ぐ短い川だ。途中、アメマスの遡上を阻む堰堤や滝もなく、雪代を利用したアメマスの遡上が脳裏を掠める。さらに、想像は膨らむ。産卵シーズンともなれば群れをなしてやってくるアメマスの大群が、煮えたぎる流れに浮かんでは消えた。 美渓・歴船川支流ヌビナイ川 大樹町を流れる歴船川は、水質だけでなく、自然景観、底石の輝き、川のスケールなど自然愛好家たちにとって「日本一の清流」と呼ばれている。それが本当ならば、大イワナの聖域であるはずだ。残念ながら連日の大雨でココア色に濁った大河は、高水敷をも水没させ流木がもの凄い勢いで流されていく。夏休みを利用したカヌー愛好家たちは、歴船川めざして大挙押しかけていたが、逆巻く濁流を恨むかのように眺めている。雨が降り続くキャンプ場は、カヌーを頭に積んだRV車の脇で本を読む姿が目立った。裏切られたのは釣り師だけではなかった。 歴船川支流ヌビナイ川は、沢を遡行しない限り辿り着くことのできないピリカヌプリ(1,631m)、ソエマツ岳(1,625m)に源を発する。山懐深い谷は、支流といえどもスケールはでかい。カムイコタン農村公園から左岸の道を山へと向かう。やがて林道は二手に分かれるが、左へと進むとヌビナイ川に架かる橋、そこから沢を眺める。函型の険しい渓谷を奔流となって流れていくヌビナイ川に圧倒されそうになった。 上流へ進むにつれて広い河原も多くなる。増水しているにもかかわらず、流れはミルク色だった。それがなぜなのか、目立つ石の白さが全てを物語っていた。「とっておき北海道の山」によれば、「白い川床が輝く日高の美渓」とある。まさにそのとおりの川だ。クマの沢川との合流点下流で林道は流れに寸断されていた。降り続く雨の中、カメラを持って沢を歩く。竿を出すことはできなかったけれど、全体的にエゾイワナの匂いは強いと判断した。さらに、「クマの沢川」という名前も素晴らしい。これこそヒグマに守られた聖域のように思えてならない。 歴船中の川は、下流に堰堤があること、さらに記憶にないほど函が連続しており、アメマスの遡上が期待できないばかりか、イワナが生息するには過酷過ぎる。入渓する箇所も少なく、労多くして益なし、これは×だ。 歴船川支流ポンヤオロマップ川 ポンヤオロマップ川は、ポンヤオロマップ岳(1,406m)、ペテガリ岳(1,573m)に源を発する。地図を眺めるだけでも、懐は深く、大イワナのロマンが漂ってくる。道道坂下から山に向かい、最後の集落・拓進を過ぎると歴船川本流に架かる「ひかた大橋」。地図には、本流を中心に毛虫記号が延々と続いている。函が連続する険しい絶壁を濁流が流れていく。それを見ただけでギブアップという感じだ。橋を越えると林道は二手に分かれる。左のポンヤオロマップの沢を奥へと進む。「清流橋」「狩人橋」といった魅力的な橋を越え進むと、やがて二股に架かるペテガリ橋、ここで林道終点となる。先にも林道らしき跡はあるが、草茫々の休止林道で車の通行はできない。車止めは広く登山の起点になっている。覆い尽くす混交林、圧倒するような野太い流れに魅了された。川は、数泊の野営が必要なくらい深く、大イワナの匂いは強いと感じた。いつかきっと挑戦してみたい衝動が走った。 濁流が流れる沢ばかりで竿を出すことができなかったから、正確な判断はできない。しかし、次々と新しい沢巡りをして、ますます日高の源流に惹かれていった。 北海道には、東北とは明らかに異なる共通点があった。東北の車止めならば、必ず餌の空箱、空き缶、釣り針の残骸がある。ところが北海道の車止めには、そうした釣り人のゴミが皆無だった。それだけ、源流をめざす釣り人が少ないからに違いない それは、何故なのか。イワナやオショロコマは、最低ランクの釣りであり、ヒグマのお陰で谷に野営するというスタイルがないからだろう。私は、東北のイワナに満足できず、日高の源流に大イワナのロマンを感じはじめていたのだ。 ペケレツ川のオショロコマ 五日目、日勝キャンプ場の雨音で眼が覚める。読売新聞北海道版を何気なく覗いていると、「静内、橋ゲタごと落下、作業員不明」の記事が目に止まった。我々が北海道に着いた日の午後4時45分、静内・中札内線の国道建設現場で橋ゲタごと 40m下のコイポクシュシビチャリ川に落下、増水した川に投げ出され行方不明とのことだった。さらに、連日の大雨に捜索はしばらく中止とのことだった。北海道に停滞した雨がいかに凄まじいものだったか、これだけで十分だった。ラジオによると、昼まで雨とのことだった。雨は降っていたが、確かめたいことがあった。濃い霧に包まれた日勝ャンプ場を流れるペケレツ川は、階段状の流れにもかかわらず、管理人によれば、ヤマメ、ニジマスとのことだった。疑念を晴らさずに北海道を去るわけにはいかない。 左の沢は、増水でポイントは皆無。しかたなく、右の枝沢に入る。十勝川源流の枝沢、しかも煮えたぎる階段状の落差は、どうみてもオショロコマの渓に思えてならない。 増水で沢通しに歩くことはできない。やむなく、渓を覆う笹藪をかき分けながら上流へと進む。わずかに残された淀みを狙って竿を振り込む。竿を伝わる鈍い感触、遅アワセで抜き上げる。いとも簡単に魚は私の手元に引き寄せられた。どんな魚か。ドキドキしながら5寸ほどの小魚を眺めた。 最初は、ヤマメかと思った。ところが、痩せた細長い魚体、赤い斑点、紛れもなくオショロコマだった。私は、自分の感が当たったことに嬉しさを隠すことができなかった。以降、釣っても釣ってもオショロコマばかり、それも5寸ほどの小型ばかり。リリースばかりでは証拠も調査もできない。可哀想だが、オショロコマの腹を裂いた。思った通り、立派な卵が出てきた。狭い源流のオショロコマは、立派な大人だった。 一匹だけではあるが、ヤマメも釣れたことを付記しておきたい。なぜ、こんな山岳渓流にヤマメがいたのか、答えは明白、日勝キャンプ場付近から、ヤマメ、ニジマスを放流しているからだ。原生状態では、間違いなくオショロコマの渓である。ただ、同じ十勝川支流札内川のような良型オショロコマは全く釣れなかった。それは、渓のキャパシティを考えれば当然の結果かもしれない。 イワナ釣り師必見!サケふるさと館 沙流川源流に架かる「源流橋」「イワナ橋」といった魅力的な道を下り、千歳へと向かった。千歳川のサケふるさと館は、サケ科の魚全てを間近で見ることができる唯一の水族館だ。巨大水槽に再現された北海道の渓、支笏湖から石狩川へそそぐまでの流れをイメージしてつくられた水槽など、サケ科の生態と歴史を思う存分体験できる。 そこには、尺近いオショロコマをはじめ、巨大なアメマス、ミヤベイワナ、ニッコウイワナ、ゴキなどイワナの仲間がたくさんいた。さらに主な魚を記せば、サケ、サクラマス、カラフトマス、イトウ、ブラウントラウト、ヒメマス、サツキマス、アマゴ、ニジマス、ギンザケ、ハナカジカ、エゾサンショウウオなど。雨に阻まれ見ることができなかった渓流魚たちに感激だった。北海道は、イワナの最後の聖域なんだということを改めて感じさせられた。 恐怖と安心が交錯するヒグマ 北海道の源流をめざす釣り人にとって、最も警戒しなければならないのがヒグマだ。北海道のヒグマを観察、その生態を理解するには、現場で遭遇するのが一番だが、それは誰しも望まない。安直ではあるが、簡単に観察するには熊牧場が一番ということで、昭和新山の熊牧場へ。 最初に目に止まった光景は、水浴びをしているヒグマだ。入れ替わり立ち替わり水浴びをしている。ヒグマは、水浴びが好きで水泳もうまいとのことだ。 観光客は、ビスケット状の餌を買い、ヒグマに与えるのが最大の楽しみ。ヒグマは餌をねだってニ本の足で立ち、鋭い爪をむき出しにして手を上げる。さらに、両手を叩いて餌をねだるヒグマに驚きを隠すことはできない。餌を投げれば、巨体を前後左右に巧みに動かし、口でナイスキャッチ。ヒグマは目が悪いと聞いていたが、それは嘘としか思えない。その姿を見て「ヒグマは賢いだけでなく、俊敏で目は悪くない」という事実だ。撃ち損なったマタギを、木陰に隠れて襲うという話は、信ぜざるを得ない。 恐ろしい動物だと思うと同時に、安心感を抱いたことも確かだ。なぜなら、熊鈴を鳴らしてこちらの存在を知らせながら歩けば、賢いヒグマは無用な殺生をするはずはないからだ。 巨大なヒグマの群れを眺めながら思った。ヒグマが生息する北海道は、オショロコマとイワナの最後の聖域。源流の岩魚にしか興味のない私にとっては、北海道ほど魅力的な地はない。私の北海道行脚は、当分終わりそうにない。 |
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